The Giving Tree いまここにある大切なもの
By 岩田洋治
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エッセイ
『大きな木』という絵本があります。
原題は The Giving Tree。
この木は、その名の通り、少年にすべてを与え続けます。
そして、与えることに心からの喜びを感じています。
一方、少年のほうは、木から受け取ってばかりで、
それが当たり前になっているからでしょうか、
あまり感謝しているようには見えません。
このアンバランスな感じが、
物語を通して、ずっと続いていくのです。
子どものころは、こういう物語を読むと
「優しい木だなあ」と素直に思えます。
けれど大人になって読むと、
だんだん別のことも見えてきます。
「あれ、少年、けっこう遠慮がないな……」と。
お金が欲しいという少年に対して、木はこう言います。
(もうとっくに大人になっているのですが、
木にとってはいつまでも少年なのです。
親にとって子どもがいつまでも子どもなのと、
少し似ています)
「お金はあげられないけれど、
りんごを持っていって、それを売りなさい」
そして少年は、言われた通り、
すべてのりんごを持ち去ってしまいます。
少しくらい残すのかな、
とこちらが勝手に期待しても、残しません。
見事なくらい、全部です。
それで「木は幸せでした」。
自分が与えることで少年が幸せになってくれるのなら、
木はそれを幸せに思うのです。
それからずいぶん時間がたったのちに、
少年はまた木のところに戻ってきて、こう言います。
「ぼくには、あたたかく暮らせる家がいるんだ。
おくさんもほしいし、こどももほしいし、
それには家がいるんだ」
そんな少年に、木は言います。
「家をあげることはできないけれど、
私の枝を持っていって、それで家をつくりなさい」
少年は言われた通り、
枝をすべて切り落として持ち帰っていきます。
ここまで来ると、
木のやさしさに胸を打たれるというより、
こちらの胸が少しざわつきます。
少年よ、せめて「ありがとう」と言ってくれ、
と思ってしまうのです。
絵本を読みながら、
木の代わりに読んでいる私のほうが勝手に傷つきます。
またずいぶん時間がたったのちに、
老い始めた少年が木のもとに戻ってきて、こう言います。
「ぼくは、ふねがほしい。
ここじゃない、ずっと遠くに、
ぼくを運んでくれるふねが」
きっと少年は幸せではなかったのでしょう。
だから今度は、どこか遠くへ行って、
何もかも変えたいと願っているのです。
人は、うまくいかないとき、
「場所を変えればなんとかなる」と思いたくなることがあります。
引っ越し、転職、旅、模様替え。
ときにはそれも必要ですが、
たいていの場合、見過ごされるのは自分自身が変わることです。
──というような説教めいたことを、木は決して口にしません。
自分の幹を切り倒して、それで舟をつくりなさいと言い、
少年はその通りにします。
木は少年の幸せを願って、惜しみなく与え続けます。
しかし、少年は、木の願い通りには幸せになりません。
なかなか、うまくいきませんね。
こんな二人の関係が、最後に変化を見せます。
すっかり老人となった少年が、
また何かに呼び寄せられるようにして、
再び木のもとに戻ってきます。
少年は疲れていました。
もはや少年は、
何かが自分に幸せをもたらしてくれるという幻想を、
外に追い求めようとはしません。
だからといって、幸せを感じているわけでもありません。
一方の木は、
これまでは少年が戻ってくるたびに全身で喜びを表していましたが、
ここで初めて寂しげな様子を見せます。
自分には、もう少年に与えられるものが何もないからです。
与えられるものがなければ、
少年を幸せにすることはできないと、
木は思っているのでしょう。
何も与えることができなくなった木と、
何も必要としなくなった少年が再び出会い、
少年は木の切り株に腰を下ろして休みます。
考えてみると、本当に求めているものは、
案外こんなものなのかもしれません。
豪華な家でもなく、遠くへ行く舟でもなく、
心から安心できる居場所。
人間はずいぶん遠回りをする生きものです。
どうして若いころにそれが分からないのかと言われたら、
たぶん、分からないようにできているのでしょう。
少々、困った仕様です。
このとき少年は、
自分が探していたものが何だったのかを、
ようやく知ったのかもしれません。
また木も、自分が与えていたものは、
目に見えるものだけではなかったことに、
気づいたのかもしれません。
いまここにある大切なもの。
それは、いつも見過ごされます。
なぜなら、それは目には見えず、
外側ではなく内側に存在していて、
それを感じ取ることができなければ、
ないのと同じだからです。
この物語を読み終えたあと、
胸に残るのは「よかった」でも「寂しい」でもなく、
もっと静かな何かです。
外から与えることのできない、大切なもの。
この絵本は、何かを与えてくれるというより、
私たちの中に、もともとあったのに見えなくなっていたものを、
そっと思い出させてくれる絵本なのだと思います。